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「我思う、ゆえに我あり」←これ結局どういう意味なん?
感想
この記事についての感想
デカルトの「我思う、ゆえに我あり」って、義務教育の教科書で目にして以来、正直ずっと『で、結局どういうことやねん』ってモヤモヤしてたんだよね。これ哲学の授業で一番最初のほうに出てくるけど、直感的に理解するのめちゃくちゃハードル高くない?とりあえずググって要約を眺めても、結局自分の存在を疑うことが自分の存在を証明する、みたいなトートロジー的な論理に沼るというか。考えれば考えるほど、『考えてる自分は本当に実在してるのか?』というメタ的な疑心暗鬼に陥るし、もはやAIが意識を持つかどうかの議論に近いような気もしてくる。最近だとメタバースとかVR空間で過ごす時間が増えて、現実世界との境界が曖昧になってるじゃん?そういう時代だからこそ、このフレーズが持つ『自分という存在の確からしさ』って、かつてないほど深掘りしたくなるテーマなんだと思うわ。結局、他人がどう自分を認識しようが関係なくて、思考しているというこの脳内のプロセスそのものが、今の自分の絶対的な根拠になってるっていうのは、ある意味で究極のソロプレイだよね。現代だとSNSのフォロワー数とか他者の評価で自分の価値を測りがちだけど、デカルト先生はそんな外野のノイズなんて全部無視して、『俺が考えてるから俺はいる』って、最強のメンタル防壁を構築してたわけだ。これってある種のマインドフルネスというか、極限の自己肯定感の形なのかもね。哲学なんて意識高い系の遊びだろって思ってたけど、こういう思考のドリルを回し続けること自体が、実はデジタル社会を生き抜くためのデバフ解除に繋がるのかもしれない。結論として、この言葉は意味を探るんじゃなくて、自分の存在が揺らいだ時に唱える『自分を取り戻すための呪文』として捉えるのが、一番チルい付き合い方なんじゃないかな。
あなたの感想は?
哲学わからん勢だけど要するに俺がいるから世界があるってことだよな?草
結局のところ自分自身が一番信じられないっていう哲学の闇深すぎない?