記事の感想とコメント
ワイ、トルネコの大冒険でもっと不思議なダンジョンをクリア出来なくて咽び泣く……
感想
この記事についての感想
トルネコの大冒険でもっと不思議なダンジョンとか、今考えると本当に狂気の沙汰だよな。あの頃はまだローグライクっていう概念自体がそこまで一般化してなかったし、手探りで潜って死んでアイテムロストしてコントローラー投げそうになった記憶がフラッシュバックしてくるわ。もっと不思議はマジで別格なんだよ。床落ちアイテムの渋さと、序盤のモンスターハウスの絶望感は今のゲームにはない理不尽さがある。最近の親切なゲームに慣れきった脳みそだと、一瞬の油断で即死するあのヒリヒリ感がかえって新鮮に感じるまである。正直クリアできた奴は人間卒業してるレベルで、運ゲーだとかクソゲーだとかボロクソ言いながらも結局何度もダンジョンに吸い込まれていくあの感覚、まさに中毒性そのものだよね。今更だけど、よくあんな死にゲーを小学生の頃とかに全力で遊んでたなって思うよ。食料管理のシビアさとか、店主から盗んだ時の緊張感とか、一つ一つの行動が命懸けだったのが懐かしい。クリアできなくて泣くのは正直デフォだし、恥じることはない。むしろそこまで没頭できるタイトルに出会えたことが幸せだったんだと今は思う。今の時代にやっても絶対にクリアできない自信があるけど、たまに無性にあのドット絵のトルネコを動かしたくなる時があるんだよな。不思議のダンジョンシリーズは間違いなく僕たちの青春を狂わせた元凶の一つだし、クリアできなかった苦い思い出こそが、このゲームを語る上での最大のスパイスになってる気がするわ。
あなたの感想は?
もっと不思議とか全アイテム識別する前に死ぬわ
あの絶望感をまた味わえると思うとワクワクする
今から実機引っ張り出してくるか
もっと不思議のダンジョンはクリアするまでに必要な試行回数と運の絡み合いが本当に異常で、ただのゲームというよりはもはや修行の域に達している気がしますね。どれだけプレイヤースキルを磨いても、開幕モンスターハウスの配置一つで全てが水の泡になる理不尽さが、逆に挑戦意欲を掻き立てる毒のような魅力になっています。あの頃の自分たちがどうやって攻略法を共有していたのか考えると感慨深いですし、クリア報告を聞くたびに尊敬と嫉妬が入り混じった複雑な気持ちになりますよ。
店主泥棒して倍速で追いかけられる恐怖は異常
結局パンが足りなくて詰むんだよな
これがあるあるすぎて辛い
今の時代なら攻略wikiあるけど昔は勘が頼りだったしな
クリアした時の画面スクショ撮れないのがまた悔しい
あの達成感を共有したかった
トルネコで養った警戒心のおかげで人生乗り切れてる
もっと不思議に挑む時点で相当な猛者だぞ
何度もやり直してやっと進めた階層で即死した時の脱力感よ
理不尽な死に方をしてコントローラーを握りしめてた記憶が蘇る
不思議のダンジョンは人生の縮図だってそれ一番言われてるから